世界中で毎年1億トン以上廃棄されている『米のもみ殻』。焼却時に発生する煙や悪臭のため焼却処分が禁止されている地域も多く、近年様々な活用法が提案されていますが、未だに多くの農家が一般廃棄物として大量に排出しています。
この膨大な副産物である『もみ殻』を原料に用いて、地球規模の課題と言える「水と空気の浄化」に挑んだのがソニー株式会社(以下、ソニー)です。
ソニーは2019年1月に「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパス(存在意義)を掲げ、それを体現するかのように、もみ殻を用いた新しい循環型素材である「Triporous™(以下、トリポーラス)」を誕生させました。
今回は、SDGsの目標12「つくる責任つかう責任」だけでなく、目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標6「安全な水とトイレを世界中に」、目標11「住み続けられるまちづくりを」に貢献する「トリポーラス」についてご紹介いたします。
米のもみ殻に新たな使い方を提案し、循環型社会への貢献を目指す
「水や空気を磨く新素材」がキャッチコピーのトリポーラスは、廃棄される予定だった米のもみ殻から生まれた、天然由来の多孔質炭素材料です。もみ殻が持つ独特な微細構造と、ソニーが特許を取得した特別な製法により高い吸着性をもつトリポーラスは、水・空気の浄化分野だけでなくアパレルやボディケアなど幅広い用途への展開が期待されています。
農業廃棄物である米のもみ殻を原料とすることで、捨てられるもみ殻が再利用できることと、最終製品への活用により水や空気も浄化できるという、二重の意味で地球に優しい循環型素材です。
トリポーラスは、すでに男性用ボディウォッシュ製品やアパレル繊維への活用などがはじまっており、2019年にロート製薬のボディソープやエディフィスのアパレル商品に採用され、トリポーラスが配合された商品の販売が開始されました。
今後も、洗浄剤などのヘルスケア分野、消臭繊維などのアパレル分野に加えて、浄水フィルターのような水浄化分野、エアフィルターなどの空気浄化分野、さらに食品や医療品に関する領域への展開が期待されています。
電池開発から新素材を発見!呼び込み型のイノベーションでブランド化へ
ソニーと言えば、家電やゲーム、音楽、映像などの電機メーカーというイメージが強いですが、そのソニーがなぜ『米のもみ殻』に着目したのでしょうか。
トリポーラスのアイデアが始めに考案されたのは2007年。余剰バイオマス(※1)を原料としたリチウムイオン電池の新しい電極材料の開発に取り組む研究員による発見でした。「米のもみ殻を原料にした多孔質カーボン材料が高性能バッテリー電極として応用できるのでは?」と実験していたところ、この素材の特異な“吸着特性”を見出したのです。
当時、研究所内では「環境分野と医療分野の研究を強化していこう」という機運が高まっており、研究員はこの“吸着特性”はなにか環境分野に貢献できるのではないかと考えました。
様々な実験を行うなかで「トリポーラス」でしか吸着できない色素分子を発見したことで可能性が開け、その後の学会や論文発表を通じて、多くの専門家からもその特異性が認められました。
2014年には、公益社団法人発明協会主催の平成26年度全国発明表彰において「21世紀発明奨励賞」を受賞し、トリポーラスが具体的な事業化に向けて動き出しました。
トリポーラスは、特異な吸着特性を持つひとつの“素材”であるため、それだけでは新しいサービスを社会に提供することはできません。トリポーラスには、その価値を理解し一緒にブランドを育ててくれるパートナーが必要でした。
そこで、トリポーラスは知的財産権を活用したライセンス事業として進めていくこととなり「呼び込み型のイノベーション」を行いながら、社外の方々と共創していくことで事業としてのエコシステムを形成していく運びとなりました。
消臭、抗菌、清浄効果が様々な分野から期待される
トリポーラスは、用途に合わせて形状や粒状を調整できるため、幅広い応用が可能です。
アパレル分野では、消臭効果が求められるスポーツウェアやアウトドア製品への貢献が期待されています。
そこでソニーは2018年の第31回におい・かおり環境学会にて、トリポーラスを用いた様々な匂い成分の高速吸着技術と、消臭性能を長時間キープするテキスタイルの技術を発表しました。さらに、その技術をもとに複数の企業と共同でトリポーラスの優れた吸着性能を進化させ、新たな消臭・抗菌効果をもたらすTriporous FIBER™(ファイバー)という繊維製品を開発しました。
現在、契約を締結した複数企業とアパレル製品の開発を進めており、直近では株式会社ユナイテッドアローズや株式会社三陽商会にてトリポーラスファイバーによる製品を販売しています。
また、トリポーラスの水浄化特性を生かし、途上国や新興国の浄水器、または災害時の簡易浄水器への応用も考えられています。工業分野においても、食品製造工場における食品加工用水のろ過や、工場排水の水処理装置用フィルターなどへの活用が期待されています。
空気清浄の分野では、家庭内の空気清浄機、公共施設の脱臭フィルターや工場の外調フィルターへの応用はもちろんのこと、医療・ヘルスケア分野では、病院内の空気清浄やトリポーラスの医療用マスクへの展開も期待されています。
一方、展示作品を保全するため常に高度な空気浄化が要求される美術館や博物館にも、トリポーラスの吸着特性が役立つと考えられ、世界遺産の平等院ではトリポーラスによる空気浄化性能の検証が始まっています。
開発途上国などに、浄化された十分な水と空気を届けたい
多くの可能性を秘めたトリポーラス。今後、トリポーラスの優れた吸着特性を活かして、開発途上国の水問題・大気汚染・感染症など様々な問題を解決できれば大きな社会貢献です。
また、より多くのトリポーラスを製造できれば、循環型社会の実現だけでなく、籾殻の野焼きによる大気汚染の改善や温室効果ガスの削減にも大きく貢献できるでしょう
トリポーラスの今後の活躍に注目していきたいです。
(※1)廃棄物とみなされるような非食料・非可食のバイオマス資源。木材、牧草、もみ殻、野菜・果物の皮、などが挙げられる。
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